「話し合うだけで罰せられる」というだけでは、イマイチ共謀罪の怖さがわからんなー、と思ってたら知人で在日難民の人権擁護などで活躍する富永さとるさんが非常にわかりやすいシュミレーションを書いてくれた。 以下、転載しよう。
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富永です。
共謀罪が新設されたあとのことについて、
シミュレーション小説を書いてみました。
法律の専門家ではないので至らぬ点があるかもしれませんが、
議論の素材になれば幸いです。
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TOMINAGA Satoru
富永さとる
MBA in Social Design Studies
(非営利組織とアドボカシー)
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ゴールドシュタイン2006
――共謀罪シミュレーション――
土曜の早朝、彼らはとつぜんやってきた。
「なんですか、こんな朝早くに……」
「警視庁です。家宅捜索令状が出ています。」
「! 家宅捜索って……いったい私たちが何したって言うんですか?」
「組織的威力業務妨害の共謀容疑です。中に入れてください。
いつまでも我々が外にいるとご近所に知られますよ。」
何が何だかわからないまま私は彼らを中に入れた。
「鈴木大輔さんと奥さんの智子さんですね。最よりの警察署に任意でご同行願えますか。」
「子どもは……子どもがいるんですが。」
私は眠そうに目をこすりながら怪訝そうな顔をしている。まだ小さな娘の方を振り返りながらそう言うのが精一杯だった。
「お子さんは私どもの婦警がお世話させていただきます。」
「あの……ソシキイリョクなんとかって……どういうことなんですか。」
「向かいの国立細菌戦防疫研究所の建設予定地で座り込む計画を立ててましたよね。」
★
初めて入る警察の取り調べ室はテレビのドラマで見るのとよく似た感じだった。
「あの、妻と一緒にはならないんでしょうか?」
「奥さんには別の部屋でご協力いただいています。私は警視庁公安部の平田です。すみませんねえ、お休みにご足労いただいちゃって。」
ずいぶん丁寧な刑事だ。この相手ならば話が通じるかも知れない。
「どうですか、お仕事の方は。課長さんともなるとお忙しいんでしょう?そうそう、区役所から受注している業務システム・プロジェクトの責任者でいらっしゃるんでしたよね。納入期限も近いし、そろそろ追い込みですか。」
仕事のこともすっかり調べ済みらしい。気がつかないうちに警察が職場に行っていたのかもしれない……そう思うと不安が襲ってきた。
「あの、弁護士を呼びたいんですが……」
「弁護士? お知り合いがいるんですか?」
「いえ、いませんが、たしか弁護士会に頼むと派遣してくれるはずじゃ……」
「派遣はしてくれますがね。どうしてもご希望なら連絡しますよ。
でも、これは鈴木さんのために申し上げるんですが、秘密を守ってくれる、信頼できる弁護士さんをご存じですか?大丈夫ですか。職場とか隣近所の関係とか。
私たちは公務員ですから守秘義務があって皆さんのプライバシーは必ず守りますがね、弁護士さんっていうのは人によっては人権侵害だ、弾圧だと大騒ぎして社会問題にしたがる人もいるんですよね。特に当番弁護士になる人にはそういうタイプの人が多くて……。中には近隣に署名板まわす人までいますからね。どうします、当番弁護士に連絡しますか?」
「……いや、やめておきます。」
「ご希望にならないんですね。」
「はい。」
「わかりました。ではご希望はなかったということで。ところで、お子さん、愛ちゃんですか、かわいいさかりですな。すごいですね、国立大学の附属幼稚園ですか。環境もいいところにあるし。」
娘の幼稚園にまで行ったのか!
「あの、私たちはいつ頃帰れるんでしょうか……」
「ご心配なく。夜は児童養護施設もありますから。お子さんのことは我々で責任もって面倒を見ます。」
「そんな! 私たちは何も悪いことはしてませんよ!」
「してないですか? 本当に?」
「あの、その、さっき別の刑事さんが向かいの細菌研のことだって言ってましたけど、たしかに測量調査の抗議活動はしようっていう話はしましたけど、話し合っただけでまだ実際にやったわけではないし……」
「共謀罪、聞いたことありませんか?」
「キョーボーザイ?? いいえ……」
「来週の月曜、測量調査が来たら本当にやるつもりだったでしょう?座り込みしてでも阻止しようと。」
「……やってなくても罪になるんですか?」
「組織犯罪処罰法違反になります。2年以下の懲役または禁錮です。」
「そんな! 何も実際にはしてないんですよ。」
「同じマンションの山田さん、ご存じですよね。山田さんがもうプラカードを作ってました。これは『実行に資する行為』と言いましてね、何もしていないことにはもうならないんです。」
「私がやったわけではないのに?」
「誰かがやれば。全員アウトです。」
「でも、組織犯罪って言ってましたけど、別に私は犯罪組織に参加しているわけではありません。それでもダメなんですか!」
「犯罪組織でなくても、組織的な犯罪はできますよ。団体であればいいんです。」
「裁判が、裁判があります。裁判官がこんな滅茶苦茶、信じるわけがありません! 私たちはただのマンション管理組合や町内会の集まりです。組織犯罪処罰法なんて法律を裁判所が認めるなんて、そんなことがあるはずが……」
「その中に、テロ集団が紛れ込んでいたとしたら、裁判所はどう思いますかね?」
「テロ集団?」
「人民党――聞いたことありませんか。」
「ジミントウですか?」
「ジンミントウです。まだ世間には知られていませんが、イスラム過激派とつながっているテロ組織で、密かに勢力を拡大しているのを私たちはつかんでいます。3階の大村教授、ご存じですよね。」
「ええ、知っています。今度の運動のリーダーですから。」
「大村教授が人民党のメンバーだったら、どうします?」
「えっ! 本当なんですか。」
「もしあなた方の運動が、実は背後から人民党に操られている運動だとしたら、裁判所はどう思うでしょうか?」
「そんな馬鹿な……知らなかった……いったい……どうしたら……」
「もちろん、我々もあなたのような方が犯罪組織に属しているとは思ってません。ご家族のことが心配で、守りたかった、ただそれだけのことなんでしょう? お気持ちはよーくわかりますよ。」
「そうなんです!細菌戦の研究をする研究所が住宅地のど真ん中にできるなんて……実験動物が逃げ出したり、テロで爆破されたりしたら、いったいどうなるのかと……苦労して手に入れたマンションや土地の値段も下がるし……私たちはただ生活を守りたかっただけなんです!」
「お気持ちはよーくわかります。しかし、法律をやぶってはいけません。もちろん、皆さんには思想・信条の自由があります。心の中で反対することは自由です。しかし、行動に移したらもう心の中ではないですよね。他人と話しあうってことは、行動に移したってことなんですよ。」
頭のなかがぐるんぐるんとまわりだした。いったいどうすればいいのか。
犯罪者になれば仕事もクビになる。マンションのローンも払えなくなる。仕事を失い家を失えばホームレスだ。子どもは犯罪者の娘としていじめられるだろう。せっかく入った幼稚園にも居られなくなる。
「困ります! 何にもしていないのに懲役2年なんて、困ります! 何とかなりませんか?」
「道がないことは、ありません。」
「あるんですか! 何か方法が? どうしたらいいんですか?!」
「捜査へのご協力しだいです。」
「協力って?」
「証言していただけませんか?」
「証言って……そしたら罪を認めることになっちゃうじゃないですか」
「共謀罪には『自首すれば必ず刑が減免又は免除される』という規定があります。あなたの場合は厳密には自首にするのは難しいが、この規定は重大な犯罪を未然に防ぐためにあります。事件の防止に役立つ証言をしていただければ、この規定の趣旨にかんがみて検事が不起訴にすることはできます。私が責任をもって担当検事から不起訴の約束をとりつけましょう。」
「お願いします! 何でも協力しますから!」
「では、証言してくれますね。」
★
『国際テロ組織が細菌戦防疫研究所の建設を妨害 住民団体に潜入し組織工作』
新聞各紙の1面トップに大きな見出しが踊ってからそろそろ1年になる。
警察が裁判所から取材禁止の命令をとってくれて毎日守ってくれたので幸い取材攻勢にはあわなくて済んだが、ワイドショーは連日大騒ぎとなった。
結局、起訴になったのは大村教授と、マンション管理組合や自治会の会長、最後まで否認した数人の人々だけだった。否認した人たちの中には、キリスト教や他のいくつかの宗教の信者たちが多かった。
運動に参加した他の多くの人々は、証言することと引き替えに不起訴となった。不思議なことに最初に警察に通報した独身者は裁判で証言しなかったが
この人物も不起訴となった。この人物は引っ越してきたばかりだったが、事件のあとまたどこかへ引っ越していった。
私もその後、けっきょくマンションから引っ越した。
向かいに細菌研が来ることもあったが、しかし、人間関係の問題が大きかった。
それまで仲良くやっていた隣近所の関係がうまくいかなくなったのだ。
皆、お互いに言葉を交わすことを避けるようになった。言葉を交わしてもギクシャクしてしまい、昔のようにはいかない。何かが変わってしまったのだ。
それだけではない。
私の中の何かが変わってしまった。
何かを信じられなくなってしまったのだ。
私は、家族を守るために、言われるがままに証言をした。 大村教授から「人民党」への加入を誘われたとも証言した。 いつどこで、と聞かれると実ははっきり覚えていないが、他の住民達もそういう勧誘を受けたと供述していると刑事から聞かされるうちにそういうことがあったような気がしてきたのだ。
だから、はっきり覚えていないだけで、嘘をついたわけではない。
何も知らない住民をだましてテロ組織に入れようとするなんて、大村教授という人物はまったく許し難い。警察が教えてくれなければまったく気がつかないところだった。私たちの証言だけで、他に証拠がないと言ってもテロ組織がそんな簡単に証拠を残すはずもない。私は正しいことをしたのだ。
しかし――証言のときに法廷でつい見てしまった被告達のあの眼差しをなぜか忘れることができない。
「なぜ嘘をつくの?」――彼らの眼はそう言っているように思えた。
そして、娘のつぶらな瞳のなかに、二重映しで彼らのあの眼差しを感じる時、私はいい知れぬ恐怖を覚えるのだ。
私は家族を守るために正しい選択をしたはずだ。だが、ひとりぼっちになってしまったように思えてならないのはなぜだろうか。
※注記:
(1)作中、弁護士が秘密を守らないかのように刑事が心理線をしかけるくだりがあるが、弁護士は職務上の秘密を守ることを義務づけられている。
日本の刑事司法では取り調べの段階で弁護士の立ち会いが認められず、ビデオ録画もなされない。警察署の留置場に長期間閉じこめられる代用監獄制度と並んで、冤罪の温床として問題となっている。
実行行為を伴わなくてすむ、従って物証がなくても立件されてしまう共謀罪では、取り調べにおける供述誘導がもたらす危険性はとても高い。
(2)ゴールドシュタインとは、ジョージ・オーウェルの小説「1984年」に登場する、反政府組織のリーダー。じつは政府の嘘で存在しない。作中、大村教授が人民党のメンバーかどうか、本当はわからないことに注意。それどころか、人民党なる組織が本当に存在するのかどうか自体、わからない。